民芸的プログラミング 〜ソフトウェア開発日記〜

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zoom RSS クレタ人のパラドックス

<<   作成日時 : 2008/03/07 00:47   >>

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「クレタ人はうそつきだ」とクレタ人が言った。というのが、このパラドックス。結局、クレタ人がうそつきなのか、うそつきだといううそを言われたのかよくわからない。この「クレタ人のパラドックス」という言葉がすっと出てこなくて、今日、会話で詰まってしまった。それが悔しかったので、会社から帰ってすぐに調べて、さらにここにメモとして残しておくことにした。

GNUはフリーソフトのフリーは自由という意味のフリーである(無料という意味のフリーではない)と言っておきながら、「フリーでないソフトを開発・公開する自由」を認めないのはおかしい、自己矛盾だという人がいたので、その場で、「それはクレタ人のパラドックスだよ」と言いたかったのだが、その切り返しがうまくいかなかった。
まあ、そこまで哲学的に議論しなくても、GNUでいう「フリー」は、実行が自由で、改変が自由で、再配布が自由で、改良バージョンを発表するのが自由という意味であり、「フリーソフト」と称しているのはあくまで看板のための用語なのだという説明をすれば事足りる話ではあったのだが。

自分としては、GNUに肩入れする必要性はそれほど感じはしない。が、GNUのフリーソフトというコンセプトが、どことなく楽しく感じられる。「俺の書いたソース使っていいよ、代わりに君のソース使わせてね」「俺、プログラム書けないから説明書書くよ」といった、どことなくほのぼのとした雰囲気がいい。
実際のGNUプロジェクトでは、ハイレベルなプロジェクトが多くて、とてもそのようなのんびりとした雰囲気はない。あくまで、GNUのフリーソフトのコンセプトにほのぼの感が漂っているというレベルでの話だ。

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