サルの「自分撮り」めぐり著作権闘争が勃発 のコメント欄ひどすぎ

今日、YAHOO!ニュースで「サルの『自分撮り』めぐり著作権闘争が勃発」というタイトルの記事が出ていました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140808-00000022-jij_afp-int

写真家のデービッド・スレイター(David Slater)氏が、サルにシャッターを押させて撮った写真の扱いについて、自己の権利を主張し、Wikipediaを運営する非営利団体ウィキメディア財団(Wikimedia Foundation)が権利を侵害しているとして法的手段に訴え出ようとしている、というお話です。

権利を主張しているスレイター氏は、それなりのお考えをお持ちのようなのですが、この記事につけられた、日本の読者のコメント(2014/8/8 17:00現在で約60件)があまりにひどくて暗い気分になりました。

著作権が法令に基づいて発生する権利だということを無視して、感情論、あるいは独自理論になっている論者が圧倒的多数になっています。

例えば日本の著作権法でいくと、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されています。諸外国でもこの定義が大きく異なることはありません。
あくまで日本の法律を適用した場合ですが、スレイター氏の写真の場合、写真を撮影したのはサルなので、この写真がスレイター氏の思想又は感情を表現したものとは、認められにくいでしょう。
今回の写真が出来上がるという相当な確証を持ってカメラをサルに渡したということが証明できるなら、話は別ですが、そのようなことは可能なのでしょうか。
もっとも、可能だと思っているからこそ、スレイター氏は法的措置に訴えようとしているのだと、私は想像しますが。

余談ながら、さらに日本では「SM写真二次使用事件」という裁判の判例があって、シャッターを押した人の著作権が強く認められています。
撮影の舞台を用意して、ライティングを決めて、ポーズを決めたのは出版社であり、カメラマンは指示に従ってシャッターを押しただけなのだから、著作権は出版社にあると出版社側は主張しましたが、裁判の結果、「シャッターを押しただけ」とされるカメラマン側に著作権が認められました。
これはもう裁判の結果として確定していますので、ひっくり返すにはよほどの理論構築をしたうえで、別途裁判を起こす必要があります。
YAHOO! ニュースのコメントでも、この事件を知らない人が多いようで、人にシャッターを押してもらったら、撮影を依頼した側に著作権が発生すると、判例を無視して議論している例が数件見られました。
日本国内においては、この判例が生きている限り、撮影を依頼した側には著作権は認められません。
本件の写真は偶然撮られたものであり、誰かに著作権が存在するものではないという扱いになるでしょう。

YAHOO!ニュースのコメント欄、もちろんごく少数、法的な見解を述べられている方もいるのですが。
それでもこれだけ少ないと、裁判員制度など、まともに機能するのか不安になります。

権利の主張・解釈がダブルスタンダードになっては絶対にいけないわけで、そういった意味で、権利論争にはうかつに足を踏み入れてはいけない、踏み入れるなら前知識をしっかり仕入れる、というようにしたいものです。

かくいう私も、もしかしたら見落としている最近の判例などがあるかも知れないので、本件に関しては白黒申し上げることはできません。

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