ハイリスク・ハイリターンという言葉の罠

まだまだサブプライムローン問題の勉強中。その中で、投資に関して「ハイリスク・ハイリターン」という言葉がちょくちょく出てくる。しかしこの言葉、統計的に見ておかしいと思うのだ。

より正しく表現すると「ハイリスク、たまにハイリターン」となるのではないだろうか。対になる言葉は「ローリスク、毎回ローリターン」とでもなるだろうか。
そして、試行回数を増やしていくと、いわゆる「ハイリスク・ハイリターン」だろうがいわゆる「ローリスク・ローリターン」だろうが、最終的なリターンの合計値はほぼ同じになるはずなのだ。もちろん、古典派経済学者の大好きなマーケットメカニズムが正常に機能していればの話だが。
こう考えると、ハイリターンだとかローリターンだとか表現するのはおかしくないだろうか。

単発の投資案件ならまだしも、本やニュースなどの文脈でこの言葉が使われる場合は、一定の期間や繰り返しの売買が前提になっていることがほとんどだ。
例えば「FX はハイリスク・ハイリターン」という場合など、単発の FX の取引のことを言っているとは到底思えない。FX 取引を何十回もやっていると、何度も何度も「リスク」案件を踏んだ挙句にやっと「ハイリターン」の一回を引き当てることがあるかも知れない。何度も何度も損した挙句のたった一回の大得だ。損得差し引いて考えるとどうだろうか。試行回数を増やしていくと、最終的な損益は定期預金と大差ないはずだ。途中で破産さえしなければ。これは「ハイリターン」と言えるのだろうか?

何が言いたいのかというと、サブプライム問題の解決策として、経済活性化のために「リスクテイカーが頑張れる社会を実現せよ」というような言葉が、ものすごくウソっぽいということなのだ。
リスクをとろうが、地道にがんばろうが、試行回数が増えれば結果は同じはずだ。
それに、人一人が背負うことのできるリスクはたかが知れている。
背負える以上のリスクを背負ってしまったら頑張るも何も関係ない。リスクを踏んだら「はい、それまでよ」だ。それで終わってしまうのだ。あの人はよくリスクを取って頑張ったのだからといって、救いの手を差し伸べてしまってはいけない。それはモラルハザードを生むだけだ。

それでもリスクテイカーが必要だというのなら、時代は「まっしぐらバカ」を必要としているということなのだろうか?

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