弥生美術館へ「高畠華宵」展を見に行く

東京大学のすぐ近くにある「弥生美術館」という小さな私設美術館に行ってきた。3月30日までの間は、高畠華宵という挿絵画家の絵が展示されている。薄学なので「高畠華宵」という挿絵画家はまったく知らなかった。通勤の途中にたまたま通りがかった建物の壁にポスターが貼られており、それを見て、じゃあちょっと行ってみるかという気になった。

高畠華宵の描く絵は基本的に美人画。明治から昭和にかけての、流行の最先端をいく女性像を主に描いている。当時は、氏の挿絵があるかどうかで雑誌の売れ行きが変わってしまうというくらいの影響力を持ったカリスマ画家だったとのこと。確かに絵を見てみれば、どこかで見たことのあるような気がしないでもない。
大きな美術館とは違い、絵画の横に添えられている解説文が、どことなくお友達の作品を紹介するような文体でほほえましく、親しみがもてた。

大衆向けの絵画という点では、先々週に見てきたロートレックとどこか相通じるものがある。どちらの絵も、どことなく親しみやすい雰囲気がある。ただ、両者にはまったく相容れない、極端な相違点がある。高畠華宵の描く絵はひたすら美しい。理想化した女性の美しい部分だけを描き出し、陰日向なく、すべてを光で埋め尽くそうとでもいうような絵柄だ。実際、特にモデルがいるわけでもなく、理想像だけを描き続けたのだという。一方でロートレックの絵はどことなく暗い影を感じさせるものがある。光は影をつくるためにあるとでも言わんばかりの絵柄だった。
両者を比較して、どちらがいいというものではない。ひたすら美形を見たければ高畠華宵、「天使は見えないから描けない」と物知りげに言いたければロートレックを鑑賞すればいいのだ。その日の気分によっても、好みは変わるだろう。

ところで、高畠華宵は挿絵画家ということなのだが、美術館の2階にあった、氏の描いたという日本画のほうがよほど自分の気に入った。日本画といいながら、どことなく挿絵の雰囲気が残されており、分かりやすく、ストレートに空気が伝わってくる。
東京近郊にお住まいの方は会期中に是非足を運んでほしい。

絵柄はこんな感じ。「大正ロマン」が漂ってくる。

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