出版社にとってPDFは

やっぱり熱が下がらないのだが、逆にかえって熱のある状態に慣れてきて37.5度くらいなら平気で外を歩き回れるようになってきた。あ、いや、平気は言いすぎた。その後38度近く熱が出て辛い思いをするのは自分なのだ。
で、また短時間だけ会社に顔を出したところ、PDF論議をやっていた。

出版社なので、まず本を作ってそれからそのデータを流用する形でPDFを作る。すると、画面で見たり、プリンターで印刷した際に字詰めが本と微妙に違うといった問題が出てきてしまう。
本を印刷機で印刷するときのフォントとパソコンに入っているフォントは違うものなのだから致し方ないのだが、出版社員の目にはどうも気に入らないらしい。
パソコン用のフォントで本を印刷するわけにはいかない(基本的に品質の問題なのだが、パソコン用フォントでも大抵の人には区別つかないのではないかと思うことも実は多かったりする)ので、考え方としては印刷用の高いフォントをパソコンにもインストールしてしまえば、この問題は何とか解決できる。
「俺のパソコンの文字、そんじょそこらのMS P明朝とは違って、きれい~」
とか言ってうっとりできるかもしれないし、多分、高いフォントのほうが、遠くからもくっきり見えると思う。これで年間5万円(モリサワフォントをレンタルの場合)。出版社にとってはそれほど痛い出費ではあるまい。

と思ったら、今度はそのPDFをお客様に配りたいとかいう話になっている。
お客様がPDF見るためにそんな高いフォントをわざわざ買ってくれるわけがない。
それでも品質(画質)をキープしようと思えばフォントをPDFに埋め込むしかない。しかし、そうするとPDFファイルが大きくなってしまい、お客様に嫌がられる。
最終的には、品質をあきらめて、字詰めが多少ずれた状態で(フォントを埋め込まない)PDFを出荷するしか選択肢はないだろうなと思いつつ、頭が痛くなってきたので早退させてもらった。

字詰めが多少おかしいかどうかなんて、出版社に勤めた人間しか気にしないし、そんな無駄なクオリティに費やしたお金を商品価格に上乗せするのも変な気がする。その一方で、ほとんどの人に理解してもらえないかすかなクオリティであっても、それにこだわる心が出版物のクオリティを維持する力になっていたりするのだと、自分も信じている。

ぐだぐだ述べてきたが、結局のところ、フォントを埋め込んだ大きなPDFを渡しても嫌がられないくらいお客様側の環境が整わない限りは、出版社員の納得のいくクオリティのPDFなんてできっこないのだ。
では、どこを割り切るのか。
書籍をPDFにするというのはデジタルデータとしての扱いやすさというメリットを得るためだと思うし、そのためには大きくて綺麗なPDFファイルを作るのではなく、データ処理しやすい小さな(フォントを埋め込んでいない)PDFで妥協しておいたほうが、PDF化する趣旨に適うだろうと思うのだ。

実際は何も考えず、面白そうだからPDFにしてみたいという輩が一番多かったりするのだが...orz。

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