三田誠広氏の背後にいるのは?

作家の三田誠広氏がまた物騒な発言をしたらしい。

http://slashdot.jp/articles/07/07/26/0142253.shtml

「死後50年、100年経っても出版してもらうためにも、著作権保護期間の延長が必要」なのだそうだ。
とりあえず一つの意見としては、ありだろう。

だが、報道内容から見るに、この方のおっしゃっていることのロジックが今ひとつかみ合っていないようだ。著作権の「人格権」と「財産権」の区別がついていなかったり、著作権保護がなされていたほうが出版されやすいなどと論拠不明瞭なことを述べていらっしゃったりする。
このあたりについては、上記のスラッシュドットのスレッドでさらに詳しく論じられているので、私がここでまた改めて解説する労は省かせてもらう。

やや論理がおかしいが、とにかくはっきりと意見を述べるキャラクターであることは確かなようだ。

で、自分が最も気になるのは、氏の発言の内容よりも、むしろ、誰がこの人を、このような著作権について開かれた論議をする場に招待したかという点だ。
スラッシュドットで紹介されている池田信夫氏のブログによると、三田氏はJASRACや出版社のロボットとして発言しているのではなさそうだとのこと。
しかし、誰からの招待も無く、いきなり参加できるような場では無い以上、誰かの何らかの意思があって、三田氏はこの場に現れたはずである。
そして、その招待者は、当然、三田氏がこのような発言をしうる人物であることを知った上で招待しているはずである。

招待者は、三田氏に狂言役者をさせることで、議論をどこへ進めたかったのだろうか?
著作権の財産権にかかる部分を延長させたかったのか、あるいは逆に、著作権保護期間延長派のイメージダウンを図るために敢えてこの不適切な論客を招待したのか。それとももっと中立的な見方として、論議の活性化のために極論者を呼ぶ必要があっただけなのか。

三田氏を利用している人の正体がものすごく気になる。
おそらくは、招待者は複数いて、そのうちの幾人かは、著作権保護期間延長派の論客としての役割を氏に期待し、また何人かは逆の立場から氏に壊れ役を期待し、その利害が一致したところで、とりあえず「本質論とは少しずれた発言をさせるため」だけに氏を呼んだのではないだろうか。
結局のところ、氏の発言は、議論をかき回しているだけで、「文化の発展のために法制度はどうあるべきか」という点について論理的に何らかの貢献をしているわけではないのだ。


ところで、自分も毎日、著作権に関しては色々と考えるところがあるし、その日その日で考えがぶれることもあるのだが、人格権の部分についてはかなり適切に保護されているように思える。
著作者が生きている限りは、あまりに不適切な著作物の利用についてはお断りできるわけだから、著作者にとってこれほど心強く、また大事な権利はないだろうし、それだけでも著作物を公開する大きなインセンティブになると思う。
財産権については、うーん、有料登録制くらいが一番現実的な妥協点なのかも知れないと、ここ数日は思っている。

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